ドルチェ セグレート
そんなことを考えていると、十数メートル先にぼんやりと暖色系の光が漏れる建物が目に入ってくる。
そこまで辿り着くと、ランコントゥルよりも少し広そうな家屋の入り口に、【close】という札が下がっているのを見つけた。

「あれ……? もしかして、もう閉まっちゃって……?」
 
確かに明かりはついているから中に人はいるはず。
でも、【close】となっていたら、人がいてもどうしようもない。
 
気まずい思いで前に立つ神宮司さんを窺うと、彼は慌てる様子も見せずに一歩踏み出した。
そして、入口に手を掛けると迷いもなくそのドアを開ける。
 
カラン、と鐘のようなドアチャイムの音が店内に響く。
その音は、きっと営業中なら普通に聞こえるのだろうけど、閉店した夜の今聞くと、やたらと大きく聞こえてドキリとした。

「こんばんは。急にすみません」
 
店内を歩き進めながら、神宮司さんは誰かにそう話しかける。

「いや。ここに喜んでる人もいるからね」
 
私の背丈ほどある観葉植物が視界を遮っていて、答えた相手の顔がまだ見えない。
ゆっくりと神宮司さんを追うように歩を進めると、カウンターにエプロン姿の男女ふたりが立っていた。

「あ……こんばんは」
「こんばんは。ラテはお好きですか?」
「え? はい。なんでも」
「それはよかった。どうぞお好きな席へ」
 
物腰の柔らかい男性店員が言うと、神宮司さんは軽く頭を下げてから私を振り返る。
目でどの席がいいかと聞かれた感じだったから、「どこでもいいです」とだけ小さく答えた。

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