ドルチェ セグレート
「へぇ。店長ね。じゃあ、本当に俺と似てるな」
「いえ! 私は雇われ店長ですし、神宮司さんはご自分で経営されてるし、全然違いますよ!」

帰り際、少し緊張が解れた私は、スムーズに雑談が出来るくらいになっていた。
並んで歩いていると、本来もっと歩調は速いはずの彼が、自分に合わせてくれていることに気づく。
本当に些細なことだけれど、そういう気遣いが鼓動を速めさせる。

「もうここで大丈夫です。ありがとうございます」
 
ここまでの道中で、神宮司さんはランコントゥルから徒歩圏内のところに住んでると聞いた。
つまり、逆方向まできてくれてるということだ。
 
それがわかると申し訳なくて、駅が見えたタイミングで足を止め、切り出した。
深く頭を下げ、再び顔を上げたときに紙袋が目に入る。

「え?」
「これ。今日、誘ったのはこのため」
 
目を丸くして、紙袋から神宮司さんへと視線を辿っていくと、彼は少し照れくさそうにしていた。
 
すっかり忘れていたけれど、今日は神宮司さんに誘われてきたんだった。
でも、その理由がわからなくて、しまいにはその理由を考えることもすっかり忘れていた。
 
ただ単に、神宮司さんとの時間を楽しんでいた。
それこそ、まるでデートかのように。
 
勘違いも甚だしいと我に返り、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなって俯く。

「あ、あの、これは……?」
「前に限定ケーキ譲ってくれたお礼」
「えっ? でも、この間クッキー頂いたじゃないですか。しかも、一緒だった部下の分まで!」
 
戸惑い見上げると、神宮司さんも驚いたように目を瞬かせている。
それから、短く息を漏らして苦笑した。

「あからさまに、片方(キミ)だけ特別扱いはできないでしょ。だからと言って、あれじゃあ俺の気が済まないし」
 
そうは言っても簡単に受け取れない。

彼は、固まっていた私の左手を取ると、袋を手のひらに握らせた。
未だ大きく見開く私の瞳に、何かに挑むような、生き生きとした顔の神宮司さんが映る。

「アントルメのアンサンブルには敵わないかもしれないけど」
 
謙遜して言ったのかもしれない。
だけど、そのときの神宮司さんの、凛々しく力強い表情が目に焼き付いた。
 
それは、彼と別れて家についてもなお、私の胸を震わせるものだった。
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