ドルチェ セグレート
この間の日曜日から、ずっと心のどこかにあった存在感。

気にしないようにしようと過ごしていても、完全には拭いきれない存在は、もう認めざるを得ないところまできていた。
 
『恋しい』と思うのは、心の底ではたぶん、ケーキだけじゃなくて〝彼〟だ。
 
なんとなく、この想いは気のせいかもって誤魔化してた。

元彼に未練はないけど、別れたことで、自信喪失っぽくなってしまっているのかもしれない。
元々、女としての自信なんて持ってたこともない。
だから余計に、憧れのお店のパティシエが片思いの相手だなんて、ハードルが高いと決めつけてた。

そもそも彼女がいるかもしれない。
あんなに頼りがいありそうな人だ。いないわけないんじゃないの?
 
次から次へと溢れ出るマイナス思考。
こんなときは、とことん落ちていってしまう。

……ていうか、なんで私、さっきあんなこと引き受けちゃったんだろ。
気持ちがまだ曖昧だった気がしたからとは言え、志穂ちゃんに意にそぐわない返しをしちゃうなんて。
バカ明日香。

むくりとおもむろに起き上がり、マドレーヌの包装をピリッと音立てる。
黄色い生地が顔を出すと、甘いアーモンドの香りが鼻孔に届いた。
口に入れる前に、その魅惑的な香りを堪能する。

狡いよ。こんな美味しいものを、あんな人が作ってるなんてわかっちゃったら……そりゃ、好きになっちゃうでしょ。

バクッと半量頬張りながら、まるで八つ当たりのように少し乱暴に咀嚼する。
口内に広がる甘みと溶けるようなくちどけに、それもすぐにやめてしまった。

残り半分を、ゆっくり大事に食べ終える。
味も香りもなくなってしまったときに唯一残っていたのは、やっぱり神宮司さんを想う気持ちだけだった。

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