ドルチェ セグレート
電話がかかってきたことも、今、質問された内容も、つい舞い上がってしまうもので。

私はあまりにうれしくなって、無言でコクコクと頷いた。

『あ。いや、予定なかったならいいんだけど』
「いつでも行きますっ」
 
せっかくのいい流れを、ふいにすることは出来ない!
 
必死になりすぎて、気合いが入りすぎた返事をしてしまう。
あまりに張っていた声だから、夜道に大きく響き渡った。

通行人にジロジロと見られ、隠れるように背を向けた。
 
今の声を見知らぬ人に聞かれていたことも恥ずかしいけど、この必死感を神宮司さんに見せてしまったことが一番恥ずかしい。
 
あまりがっつかれると引くよね。距離取りたくなっちゃうよね?
 
頭の中がごちゃごちゃになり、夜道でひとり、慌てふためく。
どうにか取り繕わなければ!と混乱した私は、動揺しすぎて余計なことを口走る。

「そのっ……この間一緒に行った部下が、神宮司さんに会いたいって言ってたので!」
 
――バカ。
 
口を滑らせた瞬間に、心の中でそう自分を罵った。
 
いくら不慣れな状況で、好きな人からの電話でテンパッていたからって。
後悔することがわかり切ってることを、なに自ら口にしてるわけ……?
 
今さら口を噤んでも、もう遅い。
 
携帯を持つ手の感覚がない。
さっきまで沸騰しそうなくらいに熱かった身体も、今は嘘のように冷たくて凍えてしまいそうだ。
 
そして、神宮司さんの返事に、さらに心を砕かれる。

『俺、そういう理由で来られても困る』
 
激高されたわけじゃなかった。
ただ、同じ声のはずなのに、やたらと冷たく遠く感じる。
 
――息が、うまくできない。

『あー……ごめん。仕込みまだ残ってるから。じゃ』
 
私の言葉を待つことなく、一方的に切られた電話。
その無機質な音が、世界の終わりを告げるもののような気さえする。
 
だらんと力なく降ろした腕が、鉛のように重い。
その日はいつまでも、『ツー』という無情な機械音が、耳からこびりついて離れなかった。
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