ドルチェ セグレート
現れたのは、諏訪さん。
 
今日は平日だし、朝だし、店に来てもおかしくはない。
だけど、この間から見計らったかのように、居て欲しくないときに現れる。
 
私のあからさまな態度にものともせず、クスクスと笑ってカウンターに寄りかかる。
そして、面白がりながら肩眉を上げて言ってくる。

「商品は丁重に扱えよ? あ、ついでにパソコンにも優しくな」
「わかってますよ!」
 
まるで、上司に対するものとは思えない態度を取ってしまい、『しまった』と口を噤む。
逆切れとまではいかないけれど、多少乱暴な返事の仕方だったかもしれない。
冷静になってそう感じるとばつが悪く、細い声で謝罪した。

「……以後、気をつけます」
 
反省を述べると、微妙な空気に感じたのか、沙月ちゃんと志穂ちゃんはスッと売り場に戻って行った。
諏訪さんとふたりきりになって、さらに気まずい思いで視線を落とす。
 
普段から怒るような人ではないし、今のことくらいで逆鱗に触れることもないとは思いつつ、やっぱり社会人としてあるまじき行為だったと猛省する。
 
自分で犯した失敗を職場にまで持ち込んで。
さらには、わざとではないとはいえパソコン(もの)に当たるようなことまでして。
……なにやってんだ、私。
 
昨日の神宮司さんへの対応をいつまでも引きずりながら、それをどう修復していいのか解決の糸口が見えず、モヤモヤとしていた。
してしまったことはなかったことにはできないし、ただ時間が過ぎて、焦る一方だったから。
 
ようやく、一歩引いて自分が今立っている場所を見ることが出来た。

「なにに追い込まれてるのか知らないけど。あまり、ひとりで頑張りすぎんなよー」
 
急に黙り込んだ私を深く追求することなく、諏訪さんはポンと頭に手を置いた。
顔を上げると、いつもは見せないような穏やかな微笑で私を見下ろす諏訪さんがいた。
 
脳内で、静かに笑う神宮司さんに変換される。

「さて。売り場の視察でもさせてもらうかな」
 
諏訪さんは最後にそういうと、振り向くことなく店内を見回り始めた。

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