ドルチェ セグレート

――『頑張りすぎてるんじゃねーの?』

諏訪さんの背中を見て、今言われたことに、神宮司さんの言葉を重ねる。
 
この不安定な気持ちを、簡単に払拭することは出来ない。
けど、なにをしてても考えちゃうのは彼で、思い出すのは……。

アンサンブルのお礼に……と渡された、神宮司さんのケーキ。

丸く象られたココア色の生地。
表面にはひとかけらの生チョコと、ナッツが散りばめられていた。

見た目と味と両方でアクセントとなっていたラズベリー。
その落ち着いたトーンの赤色が、より大人感を演出している気がした。

手のひらに乗るほどの小振りなケーキだった。
けれど、そのサイズ以上に、神宮司さんの思いが凝縮しているケーキだと思った。

『好きなことに夢中になりすぎちゃう』と、自分で口にした。
それを変えなければ、同じ失敗(こと)の繰り返しだと決めつけていた。

……でも、それって違うんじゃない?
好きなことを押し付けるのは別だけど。この気持ちを……夢中にさせられるほどの衝動を、彼に伝えることはそんなにいけないことじゃないはず。

貰ったケーキのお礼も、それを食べて感じた事も。
昨日の電話で不快な思いをさせてしまったことも、自分の素直な気持ちも。

やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が百倍いい。
 
そこまで行き着くと、急に心が軽くなって力が漲ってくる。
 
仕事でもそう。目標が明確になると、あとは突っ走るだけ。前しか見えない。
転んだあとのことは、そのときまた考えよう。まずは、一歩踏み出さなきゃ。

「よーし。やるか!」

思い立ったら即行動。無鉄砲と紙一重かもしれないけど、そうと決めたら動かずにはいられない性分だ。

さっきまで俯いてた顔が、自然と上がる。

――今日、神宮司さんに会いに行こう。

それだけ決めると、いつものように仕事に集中できるようになっていた。

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