太陽と月の行進曲
ノートと教科書を持って廊下に出ると、急ぎ足でやってきた担任の杉浦に聖美は捕まってしまう。

「ああ加藤。すまんが、このプリント木村に渡してやってくれないか?」

「木村君なら……」

“教室に”と言いかけたとき、杉浦は聖美にプリントを渡し、すぐさま去って行ってしまった。

「なにあれぇ!!」

「忙しかったのかな?」

憤慨した奈々に苦笑して、聖美は教室に戻り、賑やかに騒いでいる一団の方に近づく。

「木村君」

何人かの男子は聖美の方を見たが、勇樹は振り返らない。

「木村君?」

「おい。勇樹。加藤が呼んでる」

男子の一人が聖美の様子を窺いながら、それを気にして声をかけるが、それでも頑なに勇樹は振り返らない。

「……木村君」

聖美は無視されるのが苦手だ。

母親が死んだとき、家族みんなが塞ぎこみ、どんなに言葉を尽くしても聖美を無視した。

ほんの些細な出来事だが、いつも会話の絶えない仲の良い家族だっただけに、無音で無言の家は寂しかった。

聖美にとってはそれがハッキリと思い出せる悲しい出来事のひとつで、そのときのことを思い出して俯くと、勇樹に声をかけた男子が慌てた顔をする。

「ちょ、勇樹。まずいって」

もう、木村くんなんて知らない。
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