太陽と月の行進曲
「彼女のうちで夕飯食ってくから」

聞こえてきたその言葉がちょっとこそばゆい。

でも聞いているのがバレるのも恥ずかしい。

聖美はいつも以上に真剣に、スーパーの広告を眺めた。

「今日は人参が安いみたいだ」

ぽつりと呟くと、背後で勇樹が吹き出す。

「お前、主婦かよ」

スマホをしまいながら言う勇樹に、聖美は小首を傾げた。

すでに通話は終わっていたらしい。

「似たようなものかな。ご飯作るのはほとんど私だし」

「じゃ、あの豪勢な弁当も、お前が毎日作ってるわけ?」

「豪勢な弁当は作ったことないよ」

聖美にしてみれば“いつものこと”だから、特別視しているわけではない。
だか、勇樹からしてみると、聖美の弁当は“豪勢”に見えた。

「あれだけおかず入ってれば、豪勢だろう? 家のお袋はパンを買えって金くれるだけだぜ?」

そう言ってから、まずいことを言ったとでも言うように、勇樹は握った手を口元に持って行った。

「そうか、お前んち、お袋がいなかったんだな」

「うん。10年前に」

聖美は言いかけて不思議そうな顔をする。

「よく、知ってるね」

「そりゃ、お前んとこ行ったし」

「お葬式、来てたっけ?」

眉間にシワを寄せて、ぼんやりした記憶を辿っていくが、思い出せない。
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