雪降る夜に教えてよ。
「おー、久しぶり! 二名様お好きな席にどうぞ!」

大将の言葉に肩を落とす。

桐生さんは睨みつける私にまったく動じずに、空いていたカウンターに座った。

「ほら。早く座りなさい」

ポンポンと空いている席を叩いている姿は……全然気にしている様子もないみたいですね。

仕方ないから大人しく、桐生さんの隣に座る。

「っらっしゃい! さなちゃん久しぶりだね」

大将が二つのお冷やを渡してくれながら、ニコニコと言った。

「さなちゃん……?」

桐生さんが何やら首を傾げていたけど、無視して大将に頷く。

「佳奈は今順調なの。私は塩でお願いします」

「そりゃ~いい事だ。で、そこの彼氏は?」

と、桐生さんを見る。

「違います! 上司ですから!!」

大将が大声で笑って頷いた。

「はい、はい。で、旦那の注文は?」

今度は“旦那”になったし。もう、何も言うまい。

「あー……醤油」

桐生さんはおしぼりで手を拭きつつ、壁際のメニュー表から選ぶ。
彼自身は、呼ばれ方を気にしてもいないみたいだ。

すでにそっぽを向いていた私を見ながら、桐生さんはクスクス笑ってお水を飲む。

「俺を追い払おうとしていたでしょ」

……その通りです。

だって、こういうお洒落に気を遣う格好の男性は、この手の店には入って来ないんじゃないかな……と思ったんだもの。

黒く煤けて古ぼけた赤い暖簾。ガタガタ音が鳴る引き戸の入口。
芸能人の色紙で埋まった油っぽい壁と、ところどころ穴の開いたビニールの椅子。
それから容赦も遠慮もない大将。

これだけミスマッチな店もないと思うんだ。

「甘い甘い。人を見掛けで判断しちゃいけませんって言われたことない?」

よーく解りました。今後、気をつけますね。

「で、さなちゃんって、君の事?」

「秋元早苗ですからね」

そんな風に呼ぶのは、佳奈か大将くらいのものだけど。

「へぇ。秋元女史にしてはかわいい名前だ」

「……人を見掛けで判断しちゃいけませんって言われているんじゃないですか?」

桐生さんはフッと笑う。
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