雪降る夜に教えてよ。
「あー……ちょっと今の出来事は忘れよう。というか忘れてくれ。ちょっと恥ずかしい」

恥ずかしい? その恥ずかしさは馴染みがないけれど、子供っぽい事をしているのは自覚があるのかな。

「とりあえず、手を離してくれたら忘れます」

ちょっと、これじゃあ強制連行されている気分になるし。

無言のまま視線が合わさって、しぶしぶ掴んででいた腕を離してくれた。

「ごめん。なんだか余裕がない人間みたいだな」

「いえ。まぁ……」

どうしていいのかはわからないけれど、そんな一面もあるんだと知ったというか。

ちょっと気恥ずかしい沈黙の中、ゆっくりと会社までの道のりを二人で並んで歩く。

夏の風はどこか生ぬるくてすっきりとしない。それでもないよりはいい。

影絵みたいなビル群の間にぽっかりと浮かんだ三日月を見ながら、しっとりとした空気に苦笑する。

「やっぱり夏は暑いですね」

「……そうだね。夜になっても熱帯夜は続くかな。お前は夏が苦手? オフィスでもぐったりしていたよね?」

ぐったりどころか、眩暈がしそうだったよね。

「私は冬生まれですから。生まれた季節で強い時期があるみたいですよ」

「なら、俺は秋生まれだから、今の時期がつらくて当たり前なのかな」

桐生さんは呟いて、それから私を見下ろした。

「ところで、フランス料理が苦手なの?」

「え?」

「さっき、本当に嫌そうにしていたし、急に話を変えだしたし」

……まぁ。やっぱり露骨すぎたよね。不思議に思っても仕方がないか。

「どうで食べるんでしたら、仕事みたいな堅苦しい中で食べたくない料理の一つでしょうね」

「……っていっても、どうせ開催地は日本なんだし、晩餐会並みに堅苦しくはならないと思うよ? マナーが心配なら、一度食べに行ってみるかい?」

晩餐会とか逆に見てみたい。ただ興味半分で“見てみたい”ってだけ。

でも……こういう事を普通に言われると“いいところの坊ちゃん”なんだなぁって実感しちゃうな。

「雰囲気が嫌なんですよ」

「雰囲気?」

「普通の商品展示会とかでしたら、私も参加したことありますけれど、それに加えて食事会でもあるんですよね? ずっと愛想笑いしていないと異端児扱いされるじゃないですか」

ぼやくように呟くと、桐生さんはそんな私をじっと見つめ……。

そして、唐突に身をかがめて顔を覗き込まれる。

「……参加したことがあるように言うね?」
< 103 / 162 >

この作品をシェア

pagetop