雪降る夜に教えてよ。
「目……?」

「表情はあまり変わらないけど、君は目に感情が出やすい」

何か、そんなに楽しそうにしてたかな?

「早良さんと話してるときは楽しそうだった。土橋さんと話してるときはちょっと辛辣。棚橋さんとの時はもう、しょうがないなぁって感じ?」

あー……それはそうかもしれない。

「他の人を見る時は素っ気ない。だけど、俺を見るときは警戒心いっぱいだった」

そう……。
確かに、私は桐生さんが苦手だった。
誰にでも愛想を振り撒いて、何を考えてるのか解らない人間。建前だけで動いていて、本性が見えない人間はとことん苦手。

それが変わったのはいつだったか……。考えてみて苦笑した。

ビル風に吹き飛ばされて、桐生さんに抱き上げられ、心の底から驚いたような目を見た時からだ。
思えば、桐生さんは私に対しては愛想笑いを浮かべる事は稀で、だいたいは本音でぶつかって来ていたような気がする。

そんな風に接してくる人なんて言うのはそれこそ珍しくて、私も少しだけ混乱して……それが逆に怖いことで。

私はまず逃げ出した。

普通の大人なら、逃げられたり、拒否されたら諦める。
でも、彼は諦めなかったんだと思う。

それがこそばゆく、とても嬉しくて、そして怖い事でもある。

いつかは覚めてしまう夢なんじゃないか? この優しさは消えてなくなってしまうんじゃないか?

そうなったら私はどうなるんだろう? もしかしたら母さんと同じになるのかもしれない。

それがすごく怖い。

「……早苗?」

無言で桐生さんに寄り掛かった。寄りかかると彼のぬくもりが心地よくて目を瞑る。

「君は、たまに闇の中に生きているような目をする。すべての感情が消える。そんな目は悲しいよ」

悲しいか……悲しさを感じたことはあるんだろうか? たぶん、あるのだと信じたい。

桐生さんの手を離すと、その腕を両手で抱きしめる。

「……この手を離さないでくれますか?」

彼は何も言わずに私を抱きしめた。

あなたは私を『早苗』と“あの時”そう呼んだ。

その声が、また狂気の世界から私を呼び戻した。

そのことを、彼は知らないのだと思いながら。










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