雪降る夜に教えてよ。
最終章

思い出

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綺麗な月はどこまでもついてきてどこまでも見守ってくれている。ただ、それが安心できた。思えば、いつも別れは冬だったような気がする。


私は二十五年前、とある人物の私生児として生まれた。

父の名は恭三。数十年前には多くの企業を傘下にして、財界の首領と呼ばれていた人らしい。

今は七十歳近いのか……母はその恭三氏の第一秘書として採用され、そしてその恭三氏に愛されたのだと言う。

多分、その時の母は幸せだったのだろう。

それでも不倫は世間的にまずい。財界の中心人物ならば、スキャンダルは命取りとなる事も多いからなおさらまずい。

私を身籠った母は会社を追われ、東京からは遠く離れた北海道に住みついた。

母の様子からして、相当強硬な反対にあって別れたのだろうが、母は父を恋い慕ったままだった。

恭三氏が移っている新聞の切抜きをアルバムに貼っては、『これがお父さんよ』と、私に見せてくれていたことを覚えている。

思えば、狂っていたのかもしれない。私が五歳になる頃にはボロボロになっていた。

秋が終わり、北海道には早い冬が来る。肌寒くなる頃、母は風邪を引いた。ひどい咳だった。

四畳半の畳の上に布団を敷き、そこに横になりながら、私を見ては泣いていた。

綺麗だった母はスナックで働いていた。お酒が母を弱らせたのか、寒さが母を弱らせたのか……。
それとも恋い慕う心が母を弱らせたのか……当時の私には解らない。

ただ、呪文のように母は呟いていた。

『お前が生まれていなければ』

『お前さえ宿らなければ』

まるで呟けば、私が消えてなくなるかのように、私を睨み付けながら。

母の瞳にあったのは、暗い愛情だった。

私を殺そうと思えば出来るだろう。【生活苦の為の無理心中】裕福とはいえない我が家では、そういう新聞の見出しになりそうだった。

ただ、母はそこまで私に優しくはないし、母に私を殺すような優しさなど期待したことはない。

『お前は幸せになんてなれない』

『私をここまで苦しめたお前を愛する人間なんていない』

呟きはいつしかそう変わっていた。

なにも食べずにただ布団に横になり、毎日のように呟いていた母は、年末を迎える前に冷たくなっていた。
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