雪降る夜に教えてよ。
触れてみると外気の冷たさにすぐに身体は温かみを失っていく。

そんな母の表情は、どこか少し安らいでいた。それが少しだけ救いのように感じていたと思う。

優しい顔を見せたことのない母だったが、最期には優しい顔を見せてくれた。

私は灯油の切れたストーブの前に座り、そんな母の安らかな顔をただ眺める。

恨み言しか言わない母も、こういう顔をするのかと不思議に思った。

静かな部屋の様子に気が付いて、外を見ると大雪だった。

降り積もる雪は純白で、それがとても綺麗に見えた。

母は父と添い遂げたかったのだろう。
結婚式には白いドレスを女の人は着るらしい。
それならば白いドレスで最期を飾ってやろうと思った。

玄関を開け放し、雪を家に運ぶ私に気付いたのは、母の仕事仲間の一人だった。

電話もなかった家なので、無断欠勤を心配して様子を見に来たらしい。

その人は、雪に埋もれた母を見て、私の目線の高さまでしゃがみこむ。

『どうして、お母さんを雪に埋めたの?』

そう問うので、私は答えた。

『ウェディングドレスみたいでしょう?』

お化粧の匂いと香水の混じった匂い。
抱きしめられた時に、涙が一粒、ぽとりと私の頬を濡らす。

思えばこれが、初めて人の温かさに触れた最初だった。




私は空きのあった帯広の福祉施設に預けられた。

母に身寄りがなかったことと、父親が不明だったことで児童保護施設に入れられた。

その時は春で名前のない私に、施設長さんが『早苗』と名づけてくれた。

実は、この当時の記憶はあまりない。
怒られもしなかったし、褒められることもなかった。
何度か里親が来て私を連れ帰ったこともあったと思う。

ただ、泣きもしなければ笑おうともしない、感情の欠如した子として何度も施設に返された。

そういうことが今も出来るのかは解らない。

でも、私の引き取り手は、いつも相当なお金持ちの家だった。

『可愛いじゃない』

『こんな綺麗な子なら、うちの子になっても……』

そんな事を言われ続けていたこの当時から“美しさ”というものを嫌悪していた。

まるでペットを買い取る飼い主だ。
世間体ばかりの人間はそれだけで醜悪に見え、これならば、自分の欲求に正直だった母のほうが好感が持てた。

そしてある日、高級車とわかる、ピカピカあて黒光りのする車が施設の前に停まった。

車から降りた人は西川恭介と名乗った。

精神科のカウンセラーというお仕事で、泣きも笑いもしない私を引き取ると申し出てきた。

実験体のモルモットかと思ったけれど、それもまた“しょうがない”という諦めもあった。

誰かに何かを期待をしたことはなかった。
< 141 / 162 >

この作品をシェア

pagetop