雪降る夜に教えてよ。
経帷子を着た恭介さんは、棺の中でまるで眠るように見える。

優しく微笑んでくれた恭介さん。
ちょっと苦笑する恭介さん。
冗談交じりにテレビを批評する恭介さん。

愛しく優しいお兄ちゃん。

ふと気がついて顔を上げると、恭介さんのお父さんが参列していた。

恭介さんの眠るような顔に別れを告げて、そっと会場を出る。

その日も雪が降っていた。
綺麗な純白の雪。静かに降り積もって世界を白に変えている。

恭介さんの心のように白くてやわらかい。でも、冷たい……。

ぼんやり眺めていると、肩に手を置かれて振り返る。

見上げると、恭三氏が立っていた。

『アレは、優しい子だった』

アレというのが“誰のこと”を指しての言葉か解らない。

『母ですか? 恭介さんですか?』

『ワシにとってはどちらとも言えるし、どちらも違うと言える』

意味が解らなかった。

解らないことがあれば聞けばいい。だけれどその気力はなかった。

『アレは、美しい女だった』

その美しさに惑わされた結果がこれだった。




その日から、恭介さんの奥さんはふさぎこむ事が多くなった。

たまに私に向ける鋭い視線を抜かせば。

それくらいなら慣れているから……だから無視し続けた。

思えば危ういバランスの静けさにしか過ぎなかった。
年が明けた2月。雷の夜の日にそのバランスはあっけなく崩れる。

奥さんはナイフではなくバットを持って、私の使っている部屋に来た。

それを振りかざし、私を殴り続けた。

最初は抵抗した。
恭介さんに、こっちに来るなと言われたから。“こっち”とはきっと死ぬなと言う事だから。

『あんたさえ居なければ』

そう。私さえ生まれなければ。

『恭介は生きていたのに』

そうかもしれない。
もしかして、私が生まれてこなければ、恭介さんは死ぬことはなかったかもしれない。

狂った歯車は、どんどん加速し壊れていく。

奥さんは雷の音がなる度に、あの夜に記憶を戻される。

恭介さんを愛したから壊れた夜。

幾度かの雷鳴の夜。

私は死ぬかもしれないとぼんやり思った。

鳴り止まない雷鳴。誰も来ない地下のワインセラー。

パッチリとついた電球の影になり、髪を振り乱して私を殴る女性。

何もしていない。

何もしていないけれど、生まれたことが間違いだったというのなら、殺されるのも仕方がない。

そう思えた。
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