雪降る夜に教えてよ。
「結局、俺はお前じゃないから。お前がどう感じてどう思ったかは実際にわからない」

……私も、貴方という人が難しい。

「身を持って体験した人間じゃないと“可哀想”なんて言っちゃいけないと思う。だから俺は言わない」

「はい」

だけれど、コツンと桐生さんはおでこを合わせて微笑んだ。

「俺は……ただ、お前は頑張ったと思う」

「……頑張った、ですか?」

頑張った……のだろうか?

私はただ“生きてきた”だけなんだろうと思っているけれど。

「……人間は転びやすい生き物だと思う」

「転ぶ……?」

「俺は基本“性善説”派だから。最初から悪意を持った、そんな人間がいた訳じゃないと思う。ただ何かしらのきっかけさえあれば、人はどんな風にも変わっていくと思う」

……恭介さんの奥さんのように?
彼女の中にあったのは、たぶん嫉妬。
トリガーは私だったのだと思うけれど。

「だから今、お前がこうしてお前でいることは、凄いことなんじゃないかな……と思う」

「私でいることが、ですか?」

「客観的に見ても、お前みたいな体験をした人間は、西川綾が言ったような人間になるんじゃないかな? 彼女の考え方はかなり安直なんだろうけど」

「そうですかね?」

訝しげに言うと、桐生さんは顔を上げてフッと笑った。

「理解できない、という事は、実際そうじゃないということだろう」

そう言うと、桐生さんは私の髪を撫でて、そのまま頭にキスをする。

「すぐ信じてやれなくてごめん」

小さな呟きに首を振った。

「確かに誰かが悪かった、という訳じゃないと思うんです。少しづつ何かが掛け違って、そして少しづつ狂っていった……のかな……」

愛情が憎しみにに転ぶのは、ちょっとしたきっかけ。
歯車ひとつ間違えば、全ては狂って瓦解する。

悪い人がいた訳じゃない。誰かを愛した人がいただけ。それだけだったのに……。

「結果としては、不幸なことが多かったようだけど、俺は君の両親に感謝したいけどな」

「え?」

私の父と母?

「早苗がこの世に生まれる為には、ご両親が愛し合わなければいけなかったんだから」

手を握られて、また泣きそうになった。

「……もう、離さないでいてくれますか?」

「もちろん」

桐生さんは迷いなく言って、笑った。
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