雪降る夜に教えてよ。
一体なぜっ⁉

内心びっくりしながら、桐生さんを見るけれど、彼はからかうように笑っている。

なんだ、冗談なの。

「……では、帰ります」

「や。まぁ、怒らずに、送るから」

「結構です.」

「冷たいなぁ」

「私は仕事しに来ているんです。今も仕事中ですよ」

「……それを楯にとるとは」

無言でタイムカードを押して、コートを羽織る。

「一応、職務規定では、終業後、自宅に戻るまでは仕事中ですから」

桐生さんを振り返ると、頬杖をついて楽しそうに微笑んでいた。

「それは家に押しかけて下さいと言うこと?」

そんな訳あるか! どういう思考をしているんですかあなたは!

「貴方の辞書には、構わない。と言う項目はないんですか?」

「今の所、ないね」

いますぐ加えなさい! と言うか、今、気付いたけど、こういう笑みを浮かべてる時こそ要注意かもしれない。

表面上は和やかで楽しそうな時の方が、内面で何を考えているのか解らないし。

「じゃ、やっぱり実力行使にでるとか? 君、軽いし」

そう来ましたか。

「解りました。黙って送られます」

しぶしぶ承諾したら、桐生さんは笑みを潜め、それから微かに目を細めた。

「……何がそんなに、今の君を変えんだろうね?」

静かな声だった。だから私も静かに答える。

「私の昔を知ってる、とでもおっしゃいますか?」

「言わないけど……」

「では、そんなことはあまり言わないことですね」

変わった、と言うほど、深い付き合いもしていないのに、ほとんど見知らぬ人からそんな事を言われる筋合いもないし。

「俺は君が気になるよ」

「気に留めない様にすればいいだけですよ」

「頑固だね」

頑固……なんだろうな。それは間違いないと思うけれど。

「そうでしょうか? これでも諦めは早い方ですよ」

そう。諦めるのも早いと思う。桐生さんは溜めつくとコートを片手に立ち上がった。

「今の所、食事に誘っても乗ってくれないよね?」
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