雪降る夜に教えてよ。
立ち上がりかけた私の手首を桐生さんは掴む。

そのままの体勢で彼は俯いていた。

「……君と飲みたかったんだ。呼ばれると困る」

ボソっと言う桐生さんに肩をすくめて座り直す。

「メニューを貸していただけますか?」

桐生さんは満天の笑みを見せて顔を上げた。本当に、思わず見惚れてしまうほどに感電しそう微笑みだ。

「じゃ、俺に選ばせてよ。甘いのと辛いのと、どっちが好み?」

「えー……カクテルはあまり飲んだことないので」

「普段なら、何を飲んでいるの?」

佳奈と行くときには、だいたい和食の多い所だから……。

「番茶割りを少々」

「焼酎とは……渋いね」

貼り付けたような笑顔に無表情を返す。絶対、心の中ではめちゃくちゃ笑っているでしょう!?

「佳奈と飲みにいくのは、居酒屋が多いので、そうなることの方が多いんです!」

「あー……。佳奈君はお酒に強いって話だもんな」

「おでんとか、焼鳥とか、おそばとか、ごはんも美味しいし」

「和食系?」

「はい。実は私があまり飲めません」

桐生さんは少し何か考えてから、視線を店内に向ける。それだけでスッと店員さんが近づいてきた。

おぉぅ。なんかホテルのバーってこんなやり取りなの?

お兄さーんとか、すいませーんとか、声を出さないと店員が寄ってこない店しか、私知らないし。

なんかちょっとカッコイイ。

桐生さんは何やらお酒の名前を言っていたみたいだけど、聞き慣れない言葉に店員さんがいなくなってから首を傾げる。

「何の名前を言っていたんですか?」

「ん? リキュールの名前だよ。だいたいカクテルは甘いものが多いから、ちょっと注文」

へぇ。お酒に詳しいんだなぁ。

「そういうのを見てると、女の子好きって言われちゃうのも納得できますね」

桐生さんは『え?』と言う風に顔を上げ、それから右端の唇だけ上げるような、皮肉げな笑みを見せた。

「俺は、“女の子好き”じゃなくて酒好きなの。けっこう自分で作ったりもするし」

「シェイカーを振れるんですか?」

「まぁ、それは気が向いたらかな」

「ちょっと見てみたいですね。シェイカーを振る桐生さん」

桐生さんは何故かニッコリと表面上の笑みを浮かべている。
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