雪降る夜に教えてよ。
「ありがとうございました!」

いや、だから軍隊かって言うの……。

私は扉が閉まるに任せて軽く手を振ると、オフィスの階についてエレベーターを降りた。

「秋元さん?」

オフィスのドアを開けるなり、奥のブースから、桐生さんが顔を出している。

「おはようございます。早いですね」

「いつも部下に先を越される上司って言うのも、どうかと思うし」

「新人ガイダンスだからですよね?」

桐生さんは苦笑して肩を竦めた。

「うちに新卒は入らないけど、いきなりスピーチしろって言って来たんだよな」

そのくだけた口調に眼鏡を上げる。

「仕事中ですよ」

桐生さんは溜め息をついて、パーテーションの裏に引っ込んだ。

人がいないと、すぐ懐いてくるんだから。

最近はよく、夏樹さんと佳奈込みでご飯食べに行くことが増えた。
確かにキスはしたけれど、実は私たちはよき上司と部下のままだ。

今は、見守るスタンツを貫いている桐生さんに甘えていると言うか……。

花を整えて、タイムカードをスキャンする頃合いには、お局様軍団もオフィスに着いていて、ブース内が賑やかになりだした。

「秋元さん。いいかな?」

桐生さんに呼ばれてパーテーションの中に入る。

ちょっと高めのパーテーションで仕切られたブースは、システム管理の小さなオフィスだ。

マザーコンピュータールームは別としても、とても社内のシステムと、顧客管理をしているところにはとても見えない。

「この原稿を清書しといてくれるかな。僕はマネージャーミーティングに行くから、十時までに。ガイダンス会場に直接行く形になるから、会場に届けてもらえると助かる」

手書きの原稿を渡されて口元を引き締める。

「字が汚いのは百も承知だから」

……確かに。

読めるかな。桐生さんの日本語での手書き文字は実はちょっと汚い。

「後ほどお届け致します」

確かガイダンスは十時の予定のはずだから、その前に届けなきゃいけないだろうな。

下手すると、会場から出られなくなって仕事が遅れるし。遅れたら残業だし。

「じゃ、よろしく」

にっこりと笑った桐生さんに背筋を正す。

あの感電しそうな清々しい笑顔は要注意信号。一番何考えてるか解らない顔だ。

「あの……」

「仕事だから」
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