雪降る夜に教えてよ。
だけれど……。

なんで原稿見てないんですかね? 私頑張って清書したのに、新手のイジメだったんですか!

桐生さんはスピーチを終えると、涼しい顔で席に戻って来て一瞬私と目が合う。

まるで、悪戯っ子の輝きだった。

それからやっと長いガイダンスは終わり、桐生さんに促されてホールを後にする。

「なんで私が新入社員のガイダンス聞かないといけないんですか」

ズカズカ歩く私に悠々とついてきながら、桐生さんは苦笑した。

「それを言ったら、なんで僕がスピーチしなければならないんだ、と言う事にもなるな」

「桐生さんはマネージャーですから!」

「日本の会社は意味が不明だ」

「私には貴方が意味不明ですよ!」

エレベーターのエントランスについて、互いに見つめ合う。

「やめましょう。すごく不毛な会話です」

「僕もそう思うな」

だいたい、こんなに新入社員がいるところでする会話でもない。

十二時キッカリにガイダンスが休憩に入ったからいいとしても、三時間分の遅れを取り戻さないと……。

「あの! すみません!」

その声に桐生さんと私は同時に振り返る。そこに少年のような青年が立っていた。

「僕とお昼をご一緒しませんか!?」

その子の視線が、私を見ているのに気がついた。

私? 新入社員に知り合いはいないんだけど?

「あの。僕が……今朝の……その」

ああ、今朝エレベーターで会った子か。よく解んないけど一緒にご飯に行く義理はないと思うんだ。

「お誘いありがとう。でも私はまだ就業時間中ですから」

上に戻るエレベーターが来たので、私と桐生さんだけがそれに乗った。

扉が閉まると、彼はズボンのポケットに両手を入れながら私を見下ろす。

「気の毒に……」

「社員のお昼は十三時からです。まして行けるかどうか……」

「や。お昼にはちゃんと行ってくれ? 残業もしなくていいから」

「何言ってるんですか。今は暇な時期といっても、後回しにして、どうせ桐生さんがやるつもりでいるんでしょう」

そう言って噛みついたら、無言で視線をそらされた。

見くびってもらっては困る。

確かに変な上司だけれど、仕事はキチンと期日に間に合わせているのも知っている。

いつも遅刻ギリギリなのも、実は仕事を家に持ち帰って仕事をしている故だろう。
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