雪降る夜に教えてよ。
「ええと……驚かせてもいるみたいだけど、お昼に行っておいで」

ちらっと桐生さんを見ると、頬杖をついて私を眺めている。

「マネージャーこそ先にどうぞ。一段落したら行きますから」

言いながら、打ち損じた箇所にカーソルを合わせて消去した。

「そういう訳にもいかないでしょ。君、集中すると時間、忘れるみたいだし」

まぁ、そういうことも無くはない。

「どちらにせよ、もう十四時だけどね」

言われて、腕時計を見て目を丸くした。

「その様ですね……」

全然気がつかなかった。

お腹も空いた感じはしなかったのに、改めて時計を見た瞬間、猛烈にお腹が空いてきたよ。

「君は腕時計なんだ?」

え?

ぽそりとした呟きに桐生さんを見ると、彼は椅子の背に寄り掛かり、無表情に私の腕時計を見ている。

「何かおかしいですか?」

「いや、別におかしいわけじゃないけど、珍しいなと思って」

気を取り直したようにニッコリと微笑む……けど、その笑顔がまた胡散臭い。

訳のわからない人だ。

でも、私が行かないことには引かないような気もするし……。

「じゃ、マネージャー。こうしましょう」

「どうすると?」

「マネージャーも私も、一度会議室を出る。一時間したら戻りましょう」

「僕は何も、昼に行かないとは言ってないよ?」

「マネージャーは先程、行っておいで、とおっしゃいましたよ」

“行っておいで”は、見送りの言葉だ。

パソコンにの設定を変えながら呟いて桐生さんを見ると、呆れたように溜め息をつかれた。

「わかった。じゃ、一時間後に!」

言うなり彼は会議室を出て行った。

無駄に清々しい人だなぁ。

とりあえず会議室に鍵をかけ、頭の中で残りのメール数を考える。

やめよう。頭が痛くなりそうだ。

オフィスに戻り、ロッカーからコートとバックを取り出した時、横から土橋さんが近づいて来る。

「ちょっと! あんたどういうつもりよ!」

唐突にそんな事を言われたところで、申し訳ないけれど“何が?”状態だ。

「桐生マネージャーが、ヘルプデスクを手伝うっておかしいじゃない」

「私もそう思います」

思うけれど、断れるような状況でもないんだな。
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