雪降る夜に教えてよ。
***



数日後の社員食堂でのこと。

『ね。見た? あの人だって。今の眼鏡の女の人』

『知ってる。桐生マネージャーと寝て、部下にしてもらったらしいって噂の人でしょう?』

『あんなセンスなさそうな人と桐生さん寝ちゃうんだ』

『女が、一生懸命誘惑したからでしょ。あの女最低~』

と言う、妙な噂話が蔓延している。

どうして人は、悪い噂をそれとなく、本人に聞こえるように言うんだろう。

個人的に言うと、とっても面白いけれど。

何だかよく解らないうちに噂は広まり、私はそれを聞きながら社食でご飯を食べ、佳奈に呆れて眺められていた。

「さなちゃんって、たまに豪胆だよねぇ」

「何が?」

「いや、普通はこういう噂がたったら、ちょっと悲しむとか、外で食べるとか」

「今日、仕事立て込んでるし。さっさと食べて戻りたい。事実無根な噂に構ってらんないし。それに言葉だけなら、気にしなければ害はないじゃない。こうして佳奈のいる前で、堂々と構ってくる人もいないし」

噂の発端は、あのお花見だったらしい。

お局様は潰しても、新人たちは目敏くウチらの行動を見ていたから。

四人で歩いていたのが、いつしか二人きりで歩いていたことになり。
最後までちゃんと居て、桐生さんは帰りの指示なんかも出していたのに、桜並木に消えた後、私と桐生さんはホテルに行ってしまった事になり……。

って言うか、噂の独り歩きを目にする様は、ちょっと面白いけど。

「……その言葉にKさんは悲しむと思うけどぉ」

Kさんて、お昼のワイドショーですか。

「だって、そういう関係じゃないのはお互いにちゃんと知っているんだし、向こうも飄々としたもんだよ」

実際、あっけらかんとしたもので……。

「なんか、SEの方だと、秋元さんは妊娠したことになってるらしいよ」

お昼から帰って来た私に向かって、当の本人がそう言って苦笑してる。

「じゃ、私はモノ食べてからすぐに、トイレなりに走らなきゃいけなかったんですかね?」

「うーん。期待に答えるとそうなるかも知れないね」

なんてやり取りを、ヘルプデスクの面々は呆れて眺めていた。

新人さんはともかく、ヘルプデスクの人間なら私がどれだけ誘いに乗らないか、どういう経緯でシス管補佐になったか見ていたから、あのお局様ですら呆れた顔をしているだけだ。
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