雪降る夜に教えてよ。
一応、真剣な表情をしている加藤君を眺めながら眼鏡を直す。

どうしようか?

このやり取りを見ていたオフィス内の人間を見渡し、半笑いで近づいて来たヘルプデスクの浅井主任を見つける。

「浅井主任。加藤さんをどうにかしてください。仕事の邪魔です」

「ごめんね、秋元ちゃん。こいつも若いからさ」

ほら。と促されて、加藤くんは渋々席に戻って行った。

さすがの土橋さんも引き攣り気味に、加藤くんを眺めている。

まぁ、桐生さんのファンクラブ(?)の中でも、かなりのしつこさを誇る彼女だけれど、さすがに仕事中に突撃して来る事はない。

新卒と言っても、それくらいの常識を持って欲しい。

早良さんに、丸めたノートで叩かれる加藤くんを見つつ席に戻った。

こうして考えて見ると、桐生さんはまだ大人なんだなと思う。

たまに仕事中にささいな逆襲してくるけれど、それは仕事としては必要な事だったりするし。
最低限、仕事が押しているオフィス内で口説いて来ることもない。

……タイムカード押したら別だけど。

でも、誰かの目の前で迫って来ることもないし、他愛もないからかいや会話はあるけれど、それで仕事の手が止まることはお互いにない。

ブツブツ文句を言いながら仕事に取り掛かっていると、目を丸くした桐生さんが帰って来た。

「何かあった?」

持っていたファイルをデスクに置き、彼は椅子に座ると足を組んだ。

「何もありませんでした」

「そっ? それは何より」

桐生さんはパソコンにパスワードを打ち込み、ファイルをめくりながら次々に画面を出している。

お互いにしばらくモニターと睨めっこして、仕事に取り掛かっていたんたけれど……何を思ったのか、桐生さんは急に小さく笑った。

「秋元さん。早良さんと仲がいい?」

はい?

「先輩として尊敬していますけれど……?」

「ふぅん? そうかそうか」

それきり、何も言わずにキーボードを叩く。

なんだろう? 何か言いたそうだけれど……そう思って首を傾げていると。

パソコンから“ピョコン”とピコピコハンマーみたいな音がしてモニターを見ると、画面に受信メールの表示。

シス管になって、初めてのメールだ。

ヘルプデスクの時は、カスタマーとメールのやり取りなんてしょっちゅうだったから音も消していたけど、シス管になってから直接口頭で指示が来るので音を消し忘れていた。

送信者は『桐生隆幸』となっていて、内容は仕事の事。
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