雪降る夜に教えてよ。
「やぁ。秋元さん。やっぱり今日も残業?」

にっこりと、倉庫の扉を後ろ手に閉めて、加藤くんは私に近づいて来る。

近づいてきて気が付いた。微かに……どころかはっきりとしたアルコール臭。

やだ。この子お酒飲んでいるの?

加藤君が手を伸ばし、私の腕を掴もうとするのを払いのけ、倒れたままの状態で本能的に後退りする。

「……っだよ。あんた、毎晩こうやって残業して、桐生マネージャーに抱いてもらってるんだろ?」

加藤くんは可愛らしくニコッと笑うと、私の前にしゃがみ込んだ。

「初めて会ったとき、綺麗な花束抱えてさ、優しい言葉をかけてくれたよね?」

平坦に淡々と語る姿に、少年らしい笑顔がとてつもなく奇妙に映る。

「横から見ると、とっても睫毛が長くて、凛としててさ。僕は女神さまに出会ったんだと思ったよ」

何? 何を言っているの? この子は……。

「だけどっ! 仕事で出世する為なら、あんたはどんな男でも寝るんだ!」

「何を……っ」

「だったら僕でもいい! 僕だって、加藤コーポレーションの社長の息子なんだから。あんたはうまくすれば社長夫人だぜ!」

乱暴に右手を掴まれて引きずられる。

「いやっ!! 離して!」

とにかく逃れたくて、持っていた用紙の束を力の限り投げ付けた。

バサバサと舞い散る白い紙。そして……。

「……ってぇ」

加藤くんは静かに切れた頬に手を当て、自分の赤い血を眺め、そしてゆっくりと視線を上げる。

その瞳の中に見えたのは狂気ではなく狂喜で、無言で振り上げられた拳に“殴られる”と思った瞬間に頬に痛みが走り、口の中で鉄の味が広がった。

カシャンと眼鏡が遠くに落ちる音。

視界が一瞬暗く狭くなって、必死に瞬きをする。

「大人しくやらせろよ!」

目に入って来たのは薄暗い裸の電球、のしかかるような人影。遠くでは雷の微かな音。


『……アンタナンテイナケレバ』


『……お前さえいなければ』


そして耳に残る、懐かしい人の声。









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