雪降る夜に教えてよ。
言うなりぴょこんと車を降りると、返事も待たずにエントランスを抜けてエレベーターに乗る。

それから自分の部屋に向かって軽く走った。

部屋に着くなり冷蔵庫から買い置きのペットボトルをバックに入れて、自分の洋服に着替える。

紙袋に入れたスーツはそのままゴミ箱に捨てた。

急いで下に降りて行くと、桐生さんは助手席側のドアに寄り掛かり、ちょっと所在無さげな姿で煙草を吸っている。

「お待たせしました」

彼はゆったりと微笑んで、煙草を携帯灰皿に落とすと、助手席のドアを開けてくれた。

「お姫様。どちらへ向かいますか?」

「桜がみたいです」

「桜ぁ?」

桐生さんは半信半疑の声音でそう言って、今は晴れた夜空を眺める。

「さっきの雷雨で散ったんじゃないかなぁ」

「なら、お任せします。どこかに連れていってください」

「どこでもいいの?」

「はい」

シートベルトをつける私を見て、桐生さんは溜め息をついた。
そして無言で運転席に座ると、自らのシートベルトをつけて車を走らせる。

「よくわからない子だな。君は」

「お互い様です」

私はお茶のペットボトルを開けると、それを桐生さんに渡した。

「どうも」

「どういたしまして」

丁寧に頭を下げ、自分のペットボトルを開ける。

飲む時にちょっと唇の端がしみたけれど、気にせずにゴクゴクと喉の渇きを癒す。

なんだろう。ちょっと喉が渇いていたみたい。

そうして軽い沈黙の後、桐生さんは口を開いた。

「あんな事があったのに、よくドライブする気になったね?」

私は腕時計を見て、小首を傾げる。

「もう、昨日の事です」

「でも──……」

「加藤くんの事で、私が打撃を受けたかと言うと、そうでもないんです」

うん。
確かに怖かったしビックリもしたけれど、殴られたくらいで、それもたいした被害にならなかった。たぶん。

とりあえず、話しを逸らすために疑問を投げ掛けてみる。

「桐生さんは、社長とも普通に話す人なんですね」

「あの人は父の知り合いだから.実は小さな頃から知っているんだ」
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