雪降る夜に教えてよ。
青信号になったので、車を走らせながら、また彼はちらっとこちらを見た。

「いつもと違っていたか?」

「それはもう、腫れ物に触るように怖ず怖ずしてましたよ」

「実際、腫れてたし」

「もうひきました!」

唇の端と口の中が切れちゃったから、多少痛みは残っているけど、どうってことはない。

「加藤くんの事では、私より、桐生さんの方が打撃があったみたいですよ」

言うと、しばらくして桐生さんの静かな溜め息。

「あのさぁ」

「はい?」

「なんで、あんな大変なこと体験して、人に気を使うんだ。逆に使われるのが普通だろうが」

うん。たぶんそうだろう。

「幸い、骨は折れてないし。貞操の危機も守れましたし」

駄目だな。これじゃ、ちょっと正直じゃない。

その瞬間、視界の端に、白い花を付けた樹が見えた。

「ここで停めてください」

どこかの山の中だった。

車を降りて、表に立つと冷たい風が頬を撫でていく。

そんな傍らに桐生さんはそっと立って、何も言わずに風を遮ってくれている。

そういう優しさに、今は気付ける様になっていた。

「山の方では、あまり散らなかったんですね」

「運よく残っていたんだろうな」

雲間から覗く月光に浮かび上がった桜は青白く、凛としてそこにあった。

夜の陰を映す青い白。そして濃厚に香る土の匂い。それを思いきり吸い込んだ。

「私、昔は怪我をして、病院に担ぎ込まれる事なんかしょっちゅうあったんです。あの時の怖さに比べたら……今日のは全然平気」

見上げると、桐生さんの驚いた顔があった。

「幸い、男性に襲われると言うことはありませんでしたけど、怪我はよくしていました。今日は、ちょっと当時の事を思い出してしまった感じです」

「病院て……」

そう呟いて絶句している。

「ま、こういう顔ですし、見た目で決め付けちゃう人も少なくはないでしょう?」

私はスッと桐生さんから離れ、身体ごとくるりと振り返った。

後を追おうとする彼を、片手を上げて制止する。

「私、諦めが早いと言ったことあったと思うんです」

「ああ……」

視線を桜の花びらに映して、微笑む。
< 84 / 162 >

この作品をシェア

pagetop