雪降る夜に教えてよ。
今、ここにいる私は私じゃなくて、私は狂っているのだろうか?

もしかして、やっぱり正気を失っている……?

でも、違うはず。風の冷たさが現実に引き戻してくれていた。

「昔の私なら……多分襲われても、諦めました」

桜に向き直り、時折混じる花びらを手に受ける。

「でも、抵抗しました」

「秋元……」

「貴方が私を大切に扱ってくれるから……。あんな人間に汚されて正直ムカッとしました」

たぶんそう。でも……正直に言えるだろうか。

いつかなんて……私にあるんだろうか。

「現実から目を背けるのは得意なんです。だけど、それじゃ、私は一人で生きていけないから、煩わしい事にならないように、眼鏡をかけました」

外見に寄ってくる人間なんてたくさんいる。

その外見は単に“きっかけ”だと教えてくれた人は、今、どこにいるんだろう。

「無駄だと思うね」

桐生さんの言葉に思わず吹き出す。

本当に容赦ないなぁ。

「せっかく上手く共存してたのに、手を引いたのは貴方ですからね」

「うん。たぶんそうなんだろうね」

微かに残る砂利を踏みしめる音。振り返り見ると、桐生さんはどんどん近づいてくる。

そして、ふわりと煙草の匂いが微かにして、私はその腕の中にすっぽりと包まれた。

「君はほんとにちっちゃいな」

それは、今、特に言わなくてもいいことなのだと思うのですが。

「悪かったですね」

桐生さんは、フッと笑って私の頭に頬を寄せる。

「君が壊れたら、どうしようかと思った。あんなに痛い叫び声なんて、聞いたことがない」

「私、何か言ってました?」

「……ただ叫んでいたよ」

何か言っていたとしても、教えてくれないらしい……けれど、まぁ、どうでもいいか。

「ゆっくりでいいよ」

そう言った口調が静かに優しい。

「怪我してるんじゃ、あまり激しいキスが出来なくて残念だけど」

ぱっと上げた視線に返ってきたのは悪戯っ子の微笑み。

からかってる。これは私、間違いなくからかわれてマスヨ。

「痛い! 痛いって」

私は桐生さんの靴を思い切り踏み締めていた。





< 85 / 162 >

この作品をシェア

pagetop