ウサギとカメの物語 番外編
東山さんは何も言わなかった。
真っ赤に充血した目と、まぶたの周りをぐるりと取り囲むようにして黒くなったメイクの跡。
お世辞にも可愛いとは言えないはずのその顔でさえ、俺には愛しかった。
彼女の無言は、拒否の表れなのか。
答えを聞くのが怖くて、俺は無理やり笑って立ち上がった。
「いいんだ、答えは分かってるから!」
少し困ったように口を結ぶ彼女に、「ごめん」と謝った。
「付き合ってくれなんて言わない。ただ、そう思ってるヤツもいるんだって知ってほしかっただけなんだ。君をちゃんと見てる人がいる、って。それだけは分かってほしくて」
「……………………はい」
東山さんは、一言それだけ返事をしてくれた。
無言よりも一歩前進出来たような気がして、たった一言の返事なのに嬉しくなった。
「東山さん。自分を…………大事にしてね」
俺の精一杯の気持ちを伝えると、彼女は静かにコクンとうなずいた。