ウサギとカメの物語 番外編


東山さんと微妙な距離感を保ったまま時が過ぎ、年が明けた。


彼女と熊谷課長の仲は一時期社内でも噂になりかけたけれど、それもいつの間にか消えてしまった。
課長がどうにか揉み消したのかもしれないが、俺にはよく分からない。
ただ東山さん本人は、噂にも屈することなく笑顔でいつものように受付に座り、明るくお客様に対応していた。


彼女のことはもちろん好きだ。
でものほほんと食事に誘うことも躊躇ってしまうし、気軽にデートしようだなんて声をかけられなくて。
健気に仕事に打ち込む彼女を遠巻きに見ているしかなかった。


そんなウジウジしている俺に、同期の最上がうんざりしたように舌を出す。


「おいおい、このチャンス逃してどうするんだよ?彼女、今フリーなんだろ?今押さなくていつ押すの?」


最上と国分町の居酒屋に飲みに来ているのだけれど、ヤツにこんな繊細な相談をしたのが間違いだった。
あっという間に責め立てられ、押せだの告れだのヤジのように飛ばしてくるのだ。


「うかうかしてるとあの子、山下に落とされるぞ。まぁあいつが誘っても断固として断られるらしいけどな」

「ほら見ろ。俺も断られるんだ、どうせ」

「誘ってみなきゃ分かんないだろ〜」


分かるんだよ。
俺は一度振られてるし、二度目は無言だったし、抱きしめた時だって困ってたんだから。


正月明け早々に飲みに来た俺の悩みを、目の前の最上はいつもの適当節ではねつけた。


「どうにかなるって。お前わりとイケメンなんだから自信持てって」

「そういう励まし、ますます落ち込む」

「なんでだよ!」


ズンと沈んだ俺にツッコミを入れた最上は、「そうだ!」と何かを閃いたらしく楽しげに手を叩いた。

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