ウサギとカメの物語 番外編


そして約10日後。


俺は車を運転していた。
助手席には東山さんが座っている。
彼女が愛用しているらしい淡いピンクのマフラーは外して、膝の上に掛けている。
綺麗にランダムに巻かれた長い髪の毛も、上品に揃えて座っている脚も、ハンドバッグに添えられている手も、ちょっとラメが入ったネイルも。
会社にいる時よりもよく見えた。


なにこれ。どうなってるの。
なんの奇跡?


信じられない気持ちでアクセルを踏む。
車はグングン加速して、有料道路を走っていった。








━━━━━それは今から半日ほど前のことだった。


最上の命令とも取れるアドバイスを受けて、何度も何度も東山さんに誘いを申し入れようと試みた。
それは朝にコーヒーを持ってきてくれる時だったり、休憩に向かう時だったり、帰り際だったり。
彼女は受付にいて、俺は事務課にいるから仕事中に話すことは出来なくて、タイミングがなかなか見つからなかった。
ついでに付け加えると、俺の勇気も足りなかったのだ。


で、結局は花火大会の当日である今日まで誘うことが出来ず、もはや半分諦めかけていたのだった。
念のためと思って会社から歩いて5分ほどのコインパーキングに車は停めてあるけれど、きっと出番は無いのだろうと思い込んでいた。


ところが。
チャンスは昼にやってきた。


昼食を食べに外へ出ようと事務所をあとにしたところで、東山さんと後輩の山下に遭遇したのだ。
正確に言うと、山下にデートに誘われている東山さんに会ったのだけれど。


最上がやたらと山下は彼女を狙っているなどと言っていたものの、実際にアプローチをしているのはこの時初めて目撃した。


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