ウサギとカメの物語 番外編


とにかくその場から東山さんを助け出したい一心だった。
彼女も救いを求めるように俺を見上げているのが分かったから、余計に。


「東山さんは今夜、俺と登米に花火見に行く約束してたんだよ。だからお前のは断ってたの。分かった?」

「えっ!そうなんですか!」


ギョッとしたように目を丸くした山下は、バツが悪そうな顔をして俺たちに一瞥すると


「他人の女にちょっかい出してすみませんでした。お疲れ様でーす」


と、そそくさと早足でいなくなった。


「………………神田さん、ありがとうございます。ずっと困っていたので、助かりました」


少しホッとしたような安堵の笑みを浮かべてお礼を述べる彼女を見て、チャンスは今しかないと思った。
これを逃したら、きっともう二度と彼女とは進展しないような気がして。
断られるのは百も承知で、思い切って顔を上げた。


「東山さん、あのさ!もし……、今夜空いてるなら、本当に花火見に行かない?ちょっと遠いけど、登米で冬の花火大会ってやつをやってるらしいんだ。もちろんどんと祭もあるし、県内の行事知らないなら案内するよ」

「………………」

「い、嫌じゃなければ…………だけど」


最後は完全に尻すぼみ。
自信の無さの表れだった。


東山さんは黙って俺を見つめていた。
お昼休憩の社員たちが多く行き交ってはいるが、俺たちのことなど気にも留めていない様子だ。
ちょっとの沈黙がものすごく長く感じる。
少しでも真剣な気持ちが伝わるようにと、彼女をひたすら見つめ返していた。


そうして返答を待ち続けた俺の耳に、やがて彼女の控えめな声が聞こえた。


「私なんかで良ければ、ご一緒させて下さい」


え?と思った。
だけど聞き返すのも忘れるほど、俺は驚いていた。
きっと豆鉄砲でも食らったみたいな顔をしてたのだろう。
東山さんは笑っていた。


奇跡が起きた。
そう思ったのだった。









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