ウサギとカメの物語 番外編
………………というわけで、偶然とはいえ彼女を花火大会に誘うことが出来て、なおかつオッケーまでもらえてしまった。
これだけでも万歳三唱を唱えて踊り狂いたいほど嬉しかった。
なんて俺って単純なんだろうか。
会場に着くと中心部からはかなり外れの土地にも関わらず、意外にも花火を見に来たお客さんで溢れ返っていた。
確かに冬の花火大会ってけっこう珍しい。
どんと祭の炎越しに花火を見られるなんて乙な風景、みんな見たいに決まっている。
賑わう会場、並ぶ屋台、花火を心待ちにしてソワソワしている人々。夏の景色と何ら変わりはない。違うのは季節が冬ということだけ。
「どんと祭も花火大会も、こっちに引っ越してきてから初めてです」
少しだけ空いたスペースに滑り込んでひと息ついた頃に、東山さんがはにかんだように笑う。
俺の隣に彼女がいる。
こんなに幸せなことはない。
勢いづいて手とか握らないように気をつけないと。
「俺も冬の花火は初めてだよ。会社帰りに来た人も多そうだね」
「花火が打ち上がるまで時間ありそうなので、温かいもの何か買ってきますよ」
「あっ、いいよ。俺が行く。ここで待ってて」
1月の厳しい寒さの中を歩かせるのも悪いと思ったので彼女の申し出は断り、代わりに俺が買出しに行くことにした。
東山さんは「ありがとうございます」と首をすくめていた。
彼女をその場に置いて、屋台を見て歩く。
俺みたいにスーツ姿の人もかなり多くて、会社帰りに彼女とデートがてら来ているのだろうと羨ましくなった。
いいなぁ、と他人を妬んでも仕方が無い。
温かいおでんでも買って、東山さんと食べよう。
そんなことを思いながらおでを売る屋台の列に並んだ。