ウサギとカメの物語 番外編
「…………神田さん、神田さん!」
どこからか、東山さんの呼ぶ声。
気のせいかと思いかけたけど、ほんの少しの希望に賭ける。
「東山さん!」
どこにいるかも分からないのに、彼女がそばにいると信じて名前を呼んだ。
それと同時に、花火が打ち上がった。
わぁっと歓声が上がる。
真っ暗な夜空に大きな大きな鮮やかな花火が描かれた。
冬の空気は乾燥しているが、澄んでいる。
その澄んだ夜空に打ち上げ花火はピッタリだった。
綺麗で、熱くて、少し冷たい。
視線の端っこに、こちらへ駆け寄ってくる東山さんが見えた。
鼻先を真っ赤にして、頬もうっすら赤くなり上気している。
息を切らしてヒールのブーツで走って俺の元へやって来たのだ。
「神田さん、すみません!急にいなくなってしまって」
「探したよ、帰っちゃったんじゃないかって思って……」
「迷子の女の子がいたので、運営テントに一緒に行ってたんです。勝手なことしてごめんなさ……」
謝る彼女を抱きしめたくなったけどこんな場所ではダメだと思い、咄嗟に手を握った。
突然手を握られたからか東山さんは戸惑った表情を浮かべたけれど、それはすぐに消えて手を握り返してくれた。
まさか握り返してくれるなんて思ってなかったから、ついつい聞いてしまった。
「嫌じゃないの?」と。
すると彼女は笑って答えた。
「嫌じゃないです」