ウサギとカメの物語 番外編
あたしの名前は東山美穂。
地元の専門学校を卒業したのち、就職した。
今はまだ20歳。
だけど、好きになったら年齢なんかどうでもいい。
今まであたしの周りには同世代の男の子しかいなかったから、熊谷課長みたいな大人の男の人と話す機会なんてあまり無かった。
だからだろうか、憧れがいつしか恋に変わって、目が離せなくなってしまったのだ。
「美穂ちゃーん、今日も可愛いね〜」
営業課の山下さんがいつもこうやって話しかけてくる。
今日はトイレから出てきたところを捕まってしまった。
この人はいくら断ってもしつこい。
「この間美味しいピザのお店見つけたんだ。一緒にどうかな?」
「あ……チーズアレルギーなんです」
「じゃあトマト専門店は?女の子に人気って聞いたよ?」
「トマト嫌いなんですよねぇ」
「じゃ何でもいいや、好きなもの食べに行こ!」
「ゲホッゲホッ、具合が悪くて……」
大した演技力も無いけれど、わざと咳き込んでその場を急いで立ち去った。
入社してすぐに食事に誘われ続けて、今もまだ続いている。いつになったら終わるんだろう。
あたしは彼のことなんか眼中に無い。
あるのは、熊谷課長だけ。
仕事中に見せる彼の洗練された仕草に酔いしれ、ふとした瞬間に見せる笑顔にときめいて。
時々食事に連れていってくれる、優しい人。
だけどあたしは、それだけじゃ足りなくなっていった。
彼はあたしのことを人懐っこい部下だとか、ホームシックになっている可哀想な子だとか、ちょっとした暇つぶしの話し相手くらいにしか思っていないかもしれない。
でもあたしはそうじゃない。
恋人になりたいと思ってしまったのだ。
これが、私の運の尽きだったのかもしれない。