ウサギとカメの物語 番外編
「好きです!付き合ってください!」
何度か食事をした梅雨の日、駅まで送ると言われたその時。
あたしは学生みたいな告白をした。
小雨が降っていて、お互い傘をさしていた。
ネオンが煌めく繁華街をバックに、課長が驚いて息を飲んでいるのが見えた。
どんな顔でも、どんな角度でも彼はいちいちかっこいい。
こっちを見とれさせる力を持っている。
「私、課長のことが好きです。ただ食事して帰るなんて嫌です。この間彼女がいるってことも聞きましたけど、それでも好きなんです。止められないんです」
「…………でも俺と君とじゃ、かなりの年齢差もあるし」
「私は年の差なんて気になりません!」
あたしは暴走列車のごとく走り出したら止まることが出来なくて、困った様子の課長に矢継ぎ早に言葉を続けた。
「軽い気持ちでいいんです。彼女がいてもいいんです。私と付き合ってくれませんか?」
課長はもう、あたしの言葉に驚きはしなかった。
もしかしたらこう言ってくるかもしれないと予想していたのだろうか。
だとしたら余計な説明もいらないし好都合だ。
「2番目でもいいんです。私は課長がいいんです!抱いてくださいっ」
すごいことを言ってしまった。
誰かに抱かれたこともないくせに、信じられないことを言ってしまった。
でも彼にならすべて捧げたいと思えた。
熊谷課長は堪え切れずに吹き出し、傘の中で笑っていた。
「あはは、君は面白い子だね」
「……そ、そんなこと……」
「いいよ」
あっさり答えた彼の言葉を聞いて、私は「え?」と思わず聞き返してしまった。
今、いいよ、って聞こえた気がしたけれど……気のせい?
課長はいつもの爽やかな笑顔とは違う、妖艶な笑顔だった。
胸の奥がゾクッとするような、色っぽさを持っている。
その人が確認するように言った。
「いいよ、って言ったんだ。10個以上も年の差がある子は対象外だったんだが……、まぁいい。その覚悟があるならね」
「覚悟は……、あります」
だって好きなんだもん。
この気持ちを変えられそうにないんだもん。
単なる憧れだったはずの気持ちが、愛しくて切ない本当の恋になって胸が苦しい。
「じゃ、行こうか」
課長はあたしの肩を抱きながら、どこかへ向かって歩き出した。