ウサギとカメの物語 番外編
だけど、あたしは知らなかったんだ。
人の気持ちって自分の世界で考えているよりもよっぽど複雑で、こんがらがっているということ。
彼女がいてもいいからあたしと付き合って欲しいって言った気持ちを他人が理解出来ないように、人はみんな誰から何を言われても変えない芯の強さを持ってるんだって、初めて知った。
数日後。
神田さんと約束通り食事へ行き、たわいない話をした。
自分のこと、会社のこと、趣味のこと。
もちろん、彼もあたしに話してくれた。
会話は途切れることもなかったし、案外彼は話し上手で。あたしを笑わせてくれた。
それで、お酒も飲んで気分が高揚して、つい打ち明けてしまったのだ。
あたしと熊谷課長の関係を。
あとから考えたら自分でも軽率だったと思う。
でも誰かにちょっと話を聞いてほしい気持ちもあって、神田さんなら口も固そうだし大丈夫と話してしまった。
彼は驚き、そして戸惑い、それでいいのかと何度も問いかけてきた。
あたしは当然のようにうなずき、幸せだと胸を張って言った。
その帰りに、神田さんはあたしに
「好きだ」
と言ってきた。
あたしは信じられなくて、どう反応すればいいのかさえ思いつかなくて、彼のまっすぐな目を見つめ返すのも怖くて。
視線が宙を泳いだ。