ウサギとカメの物語 番外編
家に帰って、ひとり暮らしのワンルームのアパートの部屋の電気をつける。
部屋は明るくなったのに、どこか心はぽっかり穴があいていて暗い。
暖房が効くのが少し遅いこの部屋で、少し前のあたしはいつも携帯を片手に熊谷課長にラインを送ったり、彼の都合が良ければ電話もした。
時計の秒針が動くカチコチという規則的な音をBGMにして、左耳に携帯を当てて彼の声を聞く。
指先が冷えていても、そんなの気にならないくらい嬉しかった。
だけど、嬉しくて心が温かくなっていたのはあたしだけ。
もしかしたら、あたしと電話をするその向こうで。
あの人の隣には彼女がいたのかもしれない。
眠る彼女の横で、あたしと電話をしてくれていたのかもしれない。
そう思うと切なくなった。
夢中になっていた時には思いもしなかったことが頭をよぎって、なんてあたしは馬鹿だったんだろうって。
こんな夜は泣きたくなる。
でもあたしは泣かない。
もう散々泣いた。
枯れるほど泣いた。
それでも涙はこみ上げてくるけれど、我慢する。
あたしは決めたのだ。
次に泣く時は、今度こそ幸せだと思えた時だと。