ウサギとカメの物語 番外編
「俺だったら絶対無理だよ。いくらムカついたって相手は上司だし、課長だ。あいつはクビも覚悟してたらしい。でもそれくらい君のことを守りたかったんだ。見えないところで蓮は君のことをずっと見守ってたんだよ」
最上さんは優しい口調で語りかけるようにあたしに微笑み、そして今度は尋ねてきた。
「近々、蓮にデートに誘われる……と思う。もう誘われた?」
「い、いえ……誘われてません……」
「なんだ、あいつまだ言ってないのかよ。本当に草食系なんだから。……あのさ、もし誘われたら、受けてやってくれないかな。付き合ってやれなんて言わないから、せめてデートくらいは行ってあげてほしい。あいつは本当に一途な男だから。課長とは違う」
戸惑って言葉を返せないあたしの肩を、最上さんはポンポンと軽く叩いた。
「こう言っちゃアレだけど、蓮ってわりとモテるからさ。他の子に告白されちゃったら君はどう思う?もしも少しでも嫌だって思うなら…………、蓮のこと、考えてあげて」
事務所でよく見る、ニコッとした爽やかな営業スマイルを残して最上さんは「じゃ、お疲れさん」と倉庫を出ていってしまった。
1人残されたあたしは、彼の言葉を繰り返し考えていた。
神田さんがあたしのために熊谷課長に言ってくれたこと。
見守っていてくれたこと。
こんなあたしでも見放さないでいてくれたこと。
誰か他の女の子が彼に告白して、付き合うようになって、隣を歩いていたら━━━━━。
どうしよう、嫌だ。
だけど、あたしがそんなことを思ってもいいのかな。
なんの価値もない、ちっぽけなあたしなのに。
そんなワガママが許されるのかな。
胸が痛くて、涙が出そうになった。
それを、唇を噛んで我慢した。