ウサギとカメの物語 番外編
このやり取りをしている間にも時間は経過していくわけで。
神田さんのことが気にかかり、
「本当に本当にお礼は大丈夫ですから。花火、ご家族でぜひ楽しんでいってくださいね」
と言い残して、足早にその場から立ち去った。
「ありがとうございました!」という声が後ろから聞こえてきて、あたしは軽く会釈した。
こんなことなら、ヒールのあるブーツなんて履いてくるんじゃなかった。
さっきまでいた場所へ走る。
もう彼が戻ってきていたら、あたしがいないことで探しているかもしれない。
元の場所はすでに違う人たちが陣取っており、神田さんの姿は無い。
まだ戻ってきていないのか、それともあたしを探して歩き回っているか。
コートから携帯を取り出して彼に連絡しようとしたところで、視界の隅に神田さんらしき人が映り込んだ気がして立ち止まった。
間もなく始まる打ち上げ花火を今か今かと待ちわびる人たちの中に、彼に似た後ろ姿を見つけた。
夢中で彼の名前を呼んだ。
「…………神田さん、神田さん!」
あたしの声が届いたのか、その人は立ち止まって辺りを見渡している。
そして彼が大きな声で
「東山さん!」
と呼んでいるのが聞こえた。
返事をするよりも早く、花火が打ち上がる。
ドンッという大きな音がして、綺麗な色鮮やかな花火が空を彩った。
その細やかな光に照らされて、あたしの目には神田さんが輝いて見えた。
人を避けながら走って、ようやく彼の元へたどり着く。
神田さんはホッとしたように笑顔になっていた。
真冬だというのに汗もかいてしまったし、走ったから髪の毛もぐちゃぐちゃだし、幻滅されたらどうしようなんて少し不安になってしまった。
でも、まずは謝らなくちゃ。
「神田さん、すみません!急にいなくなってしまって」
「探したよ、帰っちゃったんじゃないかって思って……」
その切ない響きが込められた彼の一言に、胸が締めつけられる思いがした。
「迷子の女の子がいたので、運営テントに一緒に行ってたんです。勝手なことしてごめんなさ……」
話している最中に、神田さんはなんとも言えない複雑な表情で手を握ってきた。
少し驚いたけれど、これは彼なりの愛情表現だと悟った。
あたしがいなくなってしまったと思って、でもそうじゃなかったという安堵感から咄嗟に出た行動なのだ。
そう思ったら愛しい気持ちで心が温かくなった。