ウサギとカメの物語 番外編


『こんなこと滅多にないんだから、こっちのことは気にしないで楽しんできて〜!梢ちゃんも久しぶりに夜通し寝れるじゃないの!ケンちゃんはそろそろオネムみたいだからこれから寝かしつけるから〜』


孫を預かれて幸せオーラ全開のお義母さんは、ほほほ、と笑い声を響かせた。


「あ、あのっ、それからお義母さん、明日の健悟のお迎えは……」

『あらぁ、いいのよ〜!明日は午前中いっぱいゆ〜っくり寝たらいいんじゃないの?寝不足でしょ?こういう時くらい甘えてちょうだいな〜』

「い、いえ、でも……」

『ん!?ケンちゃんミルク飲みたいの〜?はーい、今おばーちゃんが作ってあげるからねぇ〜!ブチッ!ツーツーツーツー…………』


せっかくだから泣き声だけでも健悟の声を聞こうと思っていたけれど、お義母さんの手により電話は切られてしまった。
無機質な電子音のみが耳に残る。


お義母さんのご厚意はありがたいわよっ!
おっしゃる通り寝不足ではありますが!
でも……なんだろう!?
毎日毎日常に一緒にいた我が子がそばにいないだけでこんなにも不安になるとはっ!
やはり女ではなく母なのかっ!


フカフカのソファーに腰かけて頭を抱え苦悩していたら、後ろからボソリと低い声が聞こえた。


「飲み過ぎたの?」


弾かれるように立ち上がった私が睨みつけるようにして振り向くと、愛しい愛しい旦那様……には程遠い、のそのそ動く仏頂面の男、柊平がいた。
出たな、カメ男!


「飲み過ぎもなにも、私はお酒なんて飲んでないわよ!妊娠してから今までずーーーっとね!」

「飲めばいいのに。今夜は授乳しないんだから」


ヤツは私がいつだか誕生日プレゼントであげたポールスミス(ちなみにヤツはポールスミスを知らなかった……)のネクタイをきっちりと身につけて、ぼんやりとした顔をしていた。
別に酔っている顔ではない。たいていいつもこんな顔なのだ。
特徴はメガネをかけていることくらいの、特別イケメンでもなんでもない普通のちょっと薄めの顔。


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