ウサギとカメの物語 番外編
「営業の一人前ってなんなのよ!どう見ても半人前の2年目の森高くんなんて夏にデキ婚してるじゃないの!」
憤慨する私に、コズが冷静に「今ってデキ婚じゃないの、授かり婚って言うらしいよ」と得意げに教えてくれた。
そんなのは知っている!
あえてデキ婚と呼んだのだ!
そんな時、突然目の前で明るい表情で私の話を聞いてくれていたコズが顔を歪めた。
「痛っ!いったぁ〜……」
眉を寄せて急にお腹を抱えるように身を屈めるもんだから、私の方は焦りまくって思わず席を立った。
「え!?ちょっとどうしたの!?お腹痛いの!?大丈夫!?」
「あ……ごめん、最近胎動が激しいのか時々お腹が張るんだよね。でもすぐおさまるから」
心配かけまいとしてなのか痛みに慣れているのかは不明だけれど、彼女はそう言って元通りの笑顔になった。
まだ左手で下腹部をさすっている。その代わり空いている右手は食事を再開。さすがコズ。
もうすでに「妊娠してるんだな」って分かるほどに、お腹は少しばかりポッコリと出てきている。
幸せの象徴のような感じがした。
「もー、ビックリした。胎動ってもう感じるものなのね〜。あ、性別は分かったの?男の子?女の子?」
ひとまずホッとして再びイスに腰かけると、彼女はポンポンと左手でお腹を軽く叩く仕草をした。
「それがこの子、エコー見る時必ず背中向けるから性別はまだ分かんないの。柊平に似て天邪鬼なんだな、きっと。胎動感じてる時も、私以外の人がお腹を触ると動かなくなるの」
「須和がパパになるとか信じられないわ。あいつボーッとして役に立たなそう」
「あはは!だよね!まぁ期待してないけどね。出産は古川の実家に里帰りする予定だから、最初の方はお母さんから色々教えてもらうつもり」
私はこの時、既に思っていた。
コズはもう母親の顔になっている、と。
大きくなってきたお腹を愛しそうに撫でるその姿は、母性に満ち溢れていた。
あんなにイケメンと恋に落ちるだの、イケメンと運命の出会いをするだの、そんなことを言って大笑いしていた彼女はどこにもいない。
そう、1人の母だ。
私もそんな風になれる日が来るのだろうか。
なんだかとてつもなく遠い未来になりそうで、ちょっと切なくなった。