ウサギとカメの物語 番外編


しばらくして、診察室のドアが開いた。
看護師らしき中年の女性が、私たちの姿を確認して声をかけてきた。


「えっと……、救急車に同乗してきたお友達と……、そちらは?」

「梢の夫です」


須和が立ち上がって、落ち着いた口調で答える。私は彼の後ろで会釈するのみだった。


「奥様が目を覚ましましたよ。先生から説明がありますので、旦那様だけ中へどうぞ」


看護師の女性が私を申し訳なさそうにチラリと見たあと、須和を手招きする。
そりゃそうだ、私はコズの単なる友人であって家族というわけではないのだから。


なかなか動かない須和の背中をポンと押して「待ってるね」と声をかけたら、ヤツはやっとのことでのそのそと診察室へ入っていった。


診察室からはボソボソと話し声は聞こえる。
だけどどんな話をしているのかとか、コズの状態がどんななのかとか、そういうことは一切分からなかった。
ただくぐもった話し声だけが壁越しに聞こえるだけ。


私はギュッと目をつむって、何事もありませんようにと願うばかりだった。


直前まで笑って靴の色を迷っていたコズが、あんな風にあっけなく倒れて意識を失ってしまうなんて。
かなり衝撃的だった。
命を授かるって素敵なことだけど、誰しもが順風満帆に出産までたどり着けるわけじゃないんだ。


きっと大丈夫。
コズのことだから元気に笑って「大丈夫だったよ」って言ってくれるはず。
そして私もいつものように「ビビらせないでよね!」って強めに言ってやるんだ。


言い聞かせるように心の中で唱えた。



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