ウサギとカメの物語 番外編
コズは意外にも、躊躇うこともなく迷うこともなく、しっかりとした目でコクンと首を縦に振った。
「心配かけちゃったよね。赤ちゃんは無事だったよ」
「本当に!?よ、良かったぁ」
ホッとして胸を撫で下ろした私の言葉を遮るように、「でもね」と付け加えた。
「切迫早産なんだって、私」
「え?なに?切迫早産?なにそれ?」
「赤ちゃんが産まれそうになっちゃってるみたいなの。まだ全然育ってないのに。今産まれたら数百グラムの小さな小さな赤ちゃんだから、ずーっと保育器に入ってなきゃならないし、長く生きることも出来ないんだって」
「…………ど、どうなるの?大丈夫なんでしょ?」
「とにかく私が絶対安静じゃないといけない、って。お腹の張りを止める点滴を24時間受けて、改善するまで続けるからって言われた」
コズの静かな落ち着いた声を聞きながら、途中で「ん?」と首をかしげる。
24時間点滴を受ける?
にじゅうよじかんてんてきをうける?
ニジュウヨジカンテンテキヲウケル?
「ね、ねぇ……それって、つまり……」
「うん。仕事、もう行けないみたい……」
淡々と話していたコズの顔が、ここでようやく変わった。
悲しそうな、苦しそうな、悔しそうな。
そんな顔だった。
「ごめん、奈々。こんな事になるなんて思ってもみなかったよ。事務課のみんなに直接謝ることも出来ないまま入院なんて、申し訳なさすぎて辛い。私のデスク、散らかしたままだよ……。仕事も途中のやつ沢山あるよ……。それなのに、それなのに……」
「コズ、仕事はなんとかするから」
彼女が涙をこぼしたのが分かり、急いでそばに近づいて抱きしめた。
コズは小さくつぶやくように言った。
「こんな状況なのに、私…………、赤ちゃんが無事で良かったって。それだけで幸せで、仕事なんかいいんだ、って。思っちゃったよ…………。社会人失格だよね……」
何言ってるのよ、コズ。
私も同じこと思ったんだよ。
コズと赤ちゃんの命があれば、何もいらないじゃないって。
同じこと考えたんだから、間違ってないよ。
「元気な赤ちゃん産んで、事務課のみんなに会わせなさい。それで全部チャラでしょ。逆にコズがいなくてみんな寂しがるのが目に見えてるもん。まずは安静にして。イケメンのドラマ見るのも我慢して、イケメンのドクターを探すのも我慢して、ひたすら寝てなさい。いい?」
腕の中で、プッとコズが吹き出した。
胸元に顔を埋めていた彼女が、泣いているものの笑顔を見せていた。
それだけで、私は心底安心した。