ウサギとカメの物語 番外編
「ただいま」
「あ、おかえり、順」
玄関を開けて、パンプスの隣に革靴を脱いで家に上がる。
「ただいま」を言うと、当然のように「おかえり」と聞こえる柔らかい声。
溜まっていた疲れが一気に吹き飛ぶ。
営業先で嫌味を言われることなんてザラにある。
人格を否定されるような事を言われるのもよくある。
だけどめげない。
いちいちめげてちゃ仕事なんてやってられない。
大手の運送会社はその名前を出すだけでクリアできる事が、うちのような地域密着型の中小運送会社が出ていったところで太刀打ち出来るわけがない。
カバーするには誠実さと懸命さと、少しの必死さ。これを押し出していかないと契約まで結びつかないのだ。
そんな俺のストレスを感じ取って「大丈夫?」と声をかけてきたのが、奈々だったのだ。
なるべく会社では弱音を吐かないようにしてきた俺の懐に、いとも簡単に踏み込んできた。
そして俺は、そんな彼女をすんなり受け入れて、驚くほどに素直に「疲れた」「今日は酷い目に遭った」と言えた。
彼女のそうした何気ない優しさに惹かれ始めて、好きだと自覚してから3年。
もともと自己主張が得意ではない俺は、彼女の心を探りながら少しずつ親睦を深めていった。