ウサギとカメの物語 番外編
だけど。まだ、足りない。
結婚式を挙げるまでには至らない。
これじゃあ新婚旅行もままならない。
まだまだ足りない。
道は長いぞ………………。
同棲を始めてから、食事に関しては奈々がやってくれるので問題ない。
互いに働いてるから家賃も光熱費も食費も全て折半で、貯金額もどんどん増えていった。
それでも、ほぼゼロから始めた貯金。
目標額までには程遠かった。
「順、そろそろ奈々ちゃんをうちに連れてきなさい」
ベシッと5歳の拳を手のひらで受けている時に、そんな言葉を親父にかけられた。
俺は今、妹の息子の遊び相手をしている真っ最中だ。
「なんで?」
「なんで、って。もう31だろう?結婚を考えてないわけじゃあるまいし……なぁ?」
親父はコホン、とわざとらしく咳をしてお袋を見やる。
お袋はお袋で、カウンターキッチンの向こうで不気味なほどじーっと俺を見据えていた。
「何をそんなに躊躇ってるんだか。男らしくないわね、順は」
「ほ、ほっといてくれよ!」
金が無いんだよ!
「お兄ちゃんってば、そのうち奈々さんに愛想つかされちゃうよ?」
加勢してくるのは5歳の子供の親である、妹だ。
結婚して市内に住んでいるものの、ちょくちょくこうやって実家に帰ってきてタダ飯を食って帰る。
たまたま3連休だったので、両親に呼ばれて俺も実家に帰ってきたのだ。