ウサギとカメの物語 番外編
母は強し、と言うけれど。
それは本当なのかもしれないな。
大野はとても晴れやかで、そしてどこか力強く感じた。
「柊平も、おめでとう」
少し距離を置いて俺たちのやり取りを聞いていた柊平に、声をかけた。
彼は小さく笑って、首を振る。
「俺は何も出来なかった。陣痛が来たって連絡もらって、急ぎの仕事だけ片づけてここに来たけど、もう産まれちゃってた」
「どれくらいで産まれたの?」
奈々が首をかしげて大野に尋ねる。
彼女はまた大笑いして指を3本立てた。
「3時間っ!凄いでしょ?超親孝行なんだけど!」
「俺の妹、たしか甥っ子産むとき15時間かかったって言ってたような……」
俺が口を挟むと、「たぶんそれが普通なのよ」と大野が答える。
「名前は?もう決めたの?」
奈々の問いかけに、柊平と大野は目を合わせて互いにうなずき合った。
なるほど、決めたんだな。
イマドキのキラキラネームなのか、逆に古風な名前で来るのか。
ちょっとワクワクしながら俺と奈々は期待を込めて彼らを見つめる。
穏やかに眠る赤ちゃんを優しい目で見下ろして、大野が教えてくれた。
「健悟、に決めたよ」
「けんご?」
「うん。健康の健に、悟るの悟」
「読みやすくて、いい名前」
奈々は嬉しそうにそうつぶやき、赤ちゃんの頬にそっと手を寄せた。
触れるか触れないかくらいに、柔らかな肌に触れて「良かったね」と声をかける。
俺もいい名前だと思った。