ウサギとカメの物語 番外編


そして私は、サッと体が温まったからさっさと温泉から上がることにした。
例によってコズはのんびりとまだまだ温泉に入ってる気満々の様子。彼女に付き合ってたらのぼせて倒れちゃう。


その日は偶然にもコズの27歳の誕生日だったから、彼女のために駅に入ってる美味しい洋菓子店でケーキも買ってきてたし、毎年社員旅行は2人で飲み明かしていたので今回もそうする予定だった。
コズの誕生祝いってことで、こっそりコーチのパスケースもプレゼントとして用意していた。


とりあえず、順のことは忘れて。
まずはコズの誕生日を心からお祝いして、悩むのはそれからにしよう!


そう心に決めて紺色の浴衣に袖を通し、すっぴんで脱衣場を出たところで、まさかの順本人と遭遇してしまったのだ。
彼も温泉から上がったようで、ポカポカと上気した顔に浴衣姿で私を驚いたように目を丸くして見つめている。


すぐに気まずい空気が流れて、道行く会社の関係者たちがぞろぞろと大浴場へ歩いていくのを横目で見ているくらいしか出来なかった。


「奈々……、ちょっと話せるか?」


順はそう言って、やっと私と目を合わせてくれた。
宴会場ではなかなか合うことのなかった目を、この時はしっかり合わせてくれたのだった。


黙って彼についていくと、順は廊下の先にある非常階段のあたりに私を誘導した。
落ち着いた黄色味の強い照明に照らされながら、彼はその整った顔を少し歪めて頭を下げてきた。


「さっきはゴメン」

「え…………」

「冷たい態度取って、嫌な思いさせたよな」

「……………………ううん。平気」


どうして謝るんだろう。
どうしてそんなに苦しい顔をするんだろう。
すごく切なそうで、落ち込んだ顔…………。


ふとそばにあった古ぼけた鏡を見つけて、チラッと自分の姿を映した。
それを見て驚いた。
私も順のような、苦しくて切なくて、落ち込んだような表情を浮かべていた。


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