ウサギとカメの物語 番外編
それから彼女は、毎朝俺にお茶を出す前に必ず俺にコーヒーを淹れてくれるようになった。
彼女からすればそれは親切心以外の何ものでもなく、俺を好いているとかそういうことではないというのはもちろん分かってはいる。
分かってはいるけれど「いい子だな」と思ったのは、事実だ。
「単純だな、お前」
東山さんがいい子だと思う気持ちと、そう思うようになった経緯を仲のいい同期の営業課の最上に話したら、小馬鹿にされたように鼻で笑われた。
「たぶんあの子、かなりモテるぞ」
「……可愛いもんね」
「それは否定しない。現に、後輩の山下が彼女を狙ってるぞ」
「………………マジか」
「一応神田のためを思って言ってやるけど、そのコーヒーを淹れてくれるってやつ。それさ、たぶんお前じゃなくても誰にでもやってることだからな」
「分かってるよ、それくらい。その下心の無いところがいいんじゃないか」
最上に言われなくたって、そんなの当然感じていたことだ。
おそらく俺じゃない誰か、例えばそれが女性社員であったとしても、東山さんは同じように接していただろう。
年頃の女の子だし、受付でのお客様とのやりとりで嫌なことだってあるはずだ。
先輩からキツいお叱りを受けることも少なくないはずだ。
だけど、彼女があからさまに悲しんだり、落ち込んだりしている姿を見たことがなかった。
そう、彼女はいつも優しく、穏やかに、明るく笑っている。
嫌なことがあったとしても、笑顔でカバーしているんじゃないかと思うほどに、いつ見てもニコニコ笑っているのだ。
あんな可愛い子が微笑んで受付に座っていたら、お客様だって悪い気はしない。
まさに彼女は受付が天職のような気がした。