ウサギとカメの物語 番外編
「東山さん」
俺の真剣な表情を見て、さすがの東山さんも観念したようだった。
キョロキョロと辺りを見回し、会社関係の人間がいないことを確認したあと
「誰にも言わないで下さいね?」
と、上目遣いで言ってきた。
その上目遣い、眩しすぎる。
ゲス男じゃなくてもおそらくどんな男でも、そんな目で見られたら大抵ならドキッとしてしまうだろう。
「言わないよ」
「………………約束ですよ?」
「うん」
うなずいた俺に、彼女はハッキリと告げた。
「熊谷課長です」
その名前を聞いた瞬間、俺の中の何かが崩れた……ような気がした。
少なくともベートーヴェンは流れなかった。
そんな余裕など無いほど、大きな衝撃を受けていたのだ。
熊谷課長?
嘘だろ?
ミスターパーフェクトという名に相応しいほどの、容姿も中身も性格も全て完璧なあの人が━━━━━。
まさかの、ゲス男だったのだ。