ウサギとカメの物語 番外編
それからというもの、仕事中どうしても視線を送ってしまう人物が出来た。
それは、東山さんのお相手である熊谷課長だ。
熊谷充、33歳。
独身で趣味はサーフィン。
卸町営業所の営業マンとして数々の素晴らしい成績を収め、「卸町にものすごいイケメンの成績トップのエースがいるらしい」と本社にまで流れてきた噂。
その人が今年の春から課長になってうちに異動してきた時のことは、今でも忘れられない。
ありとあらゆる女子社員が、こぞって彼を見に来たのだ。
あの美人揃いの秘書課をはじめ、事務課の大野さんもそうだし後輩の小巻ちゃんも「かっこいい!」と騒いでいた。
パートの清掃のおばちゃん達もコソコソ見に来ていたし、彼は一躍スターのような存在になった。
男の俺から見たってかっこいいと思う人。
仕事は出来るしどんなに忙しい時も疲れた顔は見せないし、話しかければいつでも笑顔で対応してくれる。
電話を取り次いだ時でさえも、爽やかに「ありがとう」と微笑みかけてくれるほどだ。
きっと私生活では女優並みの美人と付き合っていて、俺には到底想像もつかないような素敵な日々を送っているんだろうと勝手に思い込んでいた。
ところがどっこい。
まさか本命の恋人がいながら、会社の若い女の子に手を出すような男だったとは。
どの場面でも「完璧」以外の言葉が当てはまらない熊谷課長に対し、怒りがフツフツと沸いてくる。
けれど、俺の力ではどうにも出来ない現実。
そしてさらに追い討ちをかけるような情報まで聞いてしまった。