ウサギとカメの物語 番外編
「え?秘書課の近藤さんと課長が歩いてた?」
俺は耳を疑った。
ある日の昼休み、たまたま事務所にいた営業課の同期の最上と近くの立ち食い蕎麦屋に来ていた時に、彼から聞いたのだ。
「そうそう、あの超〜美人の近藤さんと!腕組んでさ、親密そうに歩いてたんだよ。ありゃ完全に出来てるな」
とろろそばに卵を追加した最上は、ガツガツとそばをすすりながらそんなことを言っていた。
俺はすっかりそばを食べる手を止めて、サクサクの海老天が汁に沈んでいくのも気にせずに落ち込む。
「なぁなぁ、蓮。俺が思うに、あのミスターパーフェクトの課長にはお前じゃ太刀打ち出来るわけないと思うぞ?社内の女なんかほとんどあの人に夢中じゃんか」
「……………………だよなぁ」
仮にその近藤さんが課長の本命の恋人だとする。
そうなると彼らが並んで歩いているところなんかを東山さんが目撃してしまったら、いたたまれなくて悲しんでしまうんじゃないだろうか。
それだけは避けたい。
もう俺のため息はとどまることを知らず、仕事中だろうが休憩中だろうがどこでもつきまくるようになってしまった。
相変わらず彼女には避けられ、早く出勤すると挨拶もそこそこにコーヒーだけを出してさっさといなくなる東山さん。
一度だけ呼び止めて、課長のことは引き合いには出さずに「ほんの少しでもいいから俺のことも考えてくれないかな」と言ったら、即答で「ごめんなさい」と断られた。
何度玉砕しても、諦めるという気持ちよりもなんとかしたいという気持ちが勝ってしまい、それに苦悩する日々を送っていた。